女は見た目が10割
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タイトルは、あまり中身と関係ナシ |
ちょっと前に出版された「人は見た目が9割」というタイトルを多分意識してつけたのだろうが、中身を正しく
反映したものではない。実際には、「キレイイデオロギー」について語った本というのが正しい内容。
ちなみに、著者はキレイになること、キレイを追求することが楽しいとちゃんと認めているし、キレイになること
自体を排斥しているわけではない。ただ、それがイデオロギーとして、狭く融通の利かない価値基準・脅迫
観念として顕れることに対してちょっとシンドイと言いたいわけだ。
キレイイデオロギーは企業やマスコミが一方的に押し付けているのではなく、消費者、読者視聴者である
女性達との共犯関係のなかで増幅されているという著者の認識は、企業・マスコミ=悪という単純な善
悪二元論にはなっていない。だだしその分「じゃ、どうすればよいか?」という問いに対する答えが難しくなっ
てしまうのも仕方がないことか。
美しくなければならないといった完璧主義から抜け出すこと、人の数だけ美しさはあるというように多様性を
認めるということが著者の回答なのだが、もしかしたら問題設定の仕方によっては違う結論にできたのかも
しれない。
その他、オンナはキレイになるためにどんなことをやっているかという実例が紹介されており、美容や化粧の
門外漢である自分にとっては、結構参考になった。
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説得力には欠けるかも。 |
現代日本人女性における化粧文化概説として、楽しめる人もきっと多いと思います。ただ、本書の読者層の設定があいまいだったことが原因なのかもしれませんが、たくさんのことをカバーしすぎている為に、すべての項目のオチが中途半端であったり、うすっぺらく終わってしまっていて残念です。また、いくつかの箇所においては著者のポジションがニュートラルではなく、ある種かたよったサイドからの見解のように感じられ、説得力がありませんでした。
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新鮮味がない |
タイトルと同様、中身も二番煎じ的であることを否めない。
化粧品業界の事情ならば、三田村蕗子『夢と欲望のコスメ戦争』
の方が詳しく、化粧する側の女性たちについては
米澤泉『電車の中で化粧する女たち』の方が説得力がある。
文中に「私は」「私の場合は」といった具合に著者が頻繁に
登場するが、そもそも「私」の立ち位置自体が不明瞭であるため、
単なる感想文に成り下がっているように見受けられる。
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女性と化粧を巡る冒険 |
女性(現在では男性も含まれるが)は何故化粧をするのか?
それを「しない」「しなくてもいいだろう」と考える者から
すると、そこは不思議な世界です。
新潮新書から発売されベストセラーになった本を連想させる
本書タイトルの是非はともかく(平凡社の本とも思えない)
中身は硬派です。
そもそも(各人が)美しさを求めることは正しいことのだが
男性優位社会に加え、各種マスコミからの情報により、今を
生きる世の女性は「美しいことが正しい」という、筆者曰く
「キレイ・イデオロギー」に支配されている、と。
だから「自分が楽しいから化粧をする」という自己満足の
世界から「女である以上、化粧をするのが当たり前」等の
世間から押しつけられた理由で化粧をする側面が存在すると
述べております。
そこで筆者は「キレイ・イデオロギー」が支配する現状を
化粧をする女性の立場と化粧をすることを煽る美容業界
両者の視点から切り込んでいきます。
踊られる女性を「滑稽」と笑うのは簡単でしょう。
が、分かった上で踊る女性もそこには存在し(化粧をすること
自体が楽しいという女性は確かに存在する)、且つ口では
「やっぱり性格だよね」と言いながら、上手く化粧をした
女性を(美人と称して)求める男性もいるのです。
「文化」(と一部はジェンダー論も含む)としての化粧に
ついて?特に門外漢の男性には?参考になる一冊です。


